怪物クン

ロッテ・佐々木朗希投手のファンブログです

金子さん:インナウナウ

 

ドジャースへの入団が決まった佐々木朗希投手(23)が22日(日本時間23日)、本拠地ドジャースタジアムで入団会見に臨んだ。

 

会見後には現地リポーターから「アメリカンフードで試したいものは?」と問われ「ハンバーガー系を」と答えた。

 

まず想像できるのが、大谷翔平投手(30)も大ファンだという「イン・アンド・アウト・バーガー」だろう。

 

ネーティブ発音では「インナウナウ」と聞こえ、アクセントは頭に置かれることが多いイメージだ(長野、田村、バナナなどと同じアクセントの流れ)。

 

白壁に赤と黄色のロゴが印象的な店で、ダブルバーガーとフレンチフライとドリンクMのセットで10ドル少々となる。ハンバーガーはもちろん、日本のチェーン店とは食感がまるで違うフレンチフライ(細め)も印象的だ。

 

正規メニュー以外の「裏メニュー」の豊富さでも有名だ。生のオニオンを使うメニューが大半で、日本人の客はグリルオニオンをはさんだ通称「アニマルスタイル」を頼む人が多い。

 

シェイクはバニラ、チョコレート、ストロベリーの3種類が一般的。これをほぼ同量ずつ入れた通称「ナポリタン」も隠れ人気メニューだ。記者が注文した際はチョコレート味がやや多めで、残念ながらストロベリーの香りが薄かった。

 

自由の国アメリカならではのスタイル。店員も気さくで、かぶっている紙帽子(非売品)を「どうぞ!」ともらえたり、帰り際に出口まで「Have a nice day‼」と見送ってもらえたりすることも。

 

あくまでも個人の感想としては「感涙の味」とまではいかないものの、通えば間違いなくクセになるタイプの店といえる。

 

昨年3月に記者が訪れたのは、ロサンゼルス国際空港から5キロほどのイングルウッドの店舗。午前10時の開店から30分少々で、早くも20台近い車がドライブスルーに並んでいた。

 

そんな人気店。仮にデビューするのであれば、佐々木にも戦略が求められる。

 

 

 

さすがにこう好きだと、何行が読むと、あ、これ金子さんっぽいって分かってきますね。

金子さんがアメリカ横断の旅?をしていると見てから、もしかしたら……と期待はあったけど、記事が増えてうれしい限り。

 

金子さんの記事はちゃんと現地に赴いて取材したんだろうなっていうのばかりだから好きです。目線も温かいしね。

 

夢見がちなことを臆面なく書けば、朗希と直に接すれば、そうきらう人っていないんじゃないかと思ってる。先発ピッチャーらしさもあるけど、そこも含めて可愛いと思わせる愛嬌がありそう。

 

あとこれも腐女子目線だだ洩れであえて予想宣言、朗希はぜったい色気のある男性になると思う!今ですら片鱗を感じる。目を細めてものを見るときとか…。

朗希って上瞼を下げるんじゃなくて下瞼を上げるから珍しいと思っているんだけど、そこが色っぽい。細めて見るためにクイッと上げる顎もいい。ただでさえ芸術的な骨格だし、20代前半男子って。うーん自分で書いてて引いた。

 

金子さんの記事を見習ってほかのところもどっかから丸写ししたような記事、妄想100%ですかってやつや幻の人と話してないで、面と向かって欲しいものだよ。と気持ち悪い目線を披露したあとに書いてもなんだけど。

でもいっか別に。逆にすり寄ってこられてストレスになったら朗希が気の毒だし、距離置いておいたほうがいいね。

 

こんなふうに心から思えるのも久しぶりだなあ。24年シーズンは試合後に記事を探すのが楽しみじゃなかった。23年はすごく楽しみだったんだけどねい。

泣くとストレスが軽減されるって本当なのかも。11月9日からずいぶん泣いたな。

年取ると涙もろくなるって聞けばなんかソフトですけど、老化なんですってね。オブラートに包まなきゃそうなるかとこれを知ったときに笑いました。

 

 

 

ついでに別の記事から。これは金子さんじゃないです。

 

佐々木が小学3年から加入した高田野球スポーツ少年団の当時の監督で、佐々木朗希選手を応援する会の事務局長を務める村上知幸さん(54)は「ようやく夢の入り口。地元はみんな朗希を応援してます。自分らしく頑張ってほしい。世界一の投手を目指してください」とエール。

メジャーデビューを果たす際は陸前高田市内でパブリックビューイングの実施、将来的には米国への応援ツアーなども視野に入れている。(参加したい実現させてください)

 

長田正弘さん(「四海楼」の店主)

佐々木は昨年11月にも訪れ、看板メニューの「麻婆担々麺」に舌鼓を打ったという。

長田さんは毎年オフに律儀に訪れる23歳を「親戚の子のように可愛い」と目を細め「(メジャー挑戦は)早いという人もいるけど、いい決断だったと思う。なおさら応援したい」と語った。

 

 

 

24年3月11日

「佐々木朗希選手を応援する会」の事務局長を務める村上知幸さん(53)は、かみしめるように言葉をつないだ。

 

「人それぞれ、いろいろな思いを抱えている。朗希自身もそうでしょう。朗希が投げる姿を見たり、伝え聞いたりして、思いを重ね合わせる人もいると思います」。

 

佐々木の故郷・陸前高田市の市役所に勤務し、佐々木が小学3年時に入団した高田野球スポーツ少年団の当時の監督。村上さん自身も震災で家族を亡くした。

 

あの日から13年。約1800人が犠牲となった同市ではきょう11日、市民文化会館「奇跡の一本松ホール」で追悼式が開催される。心の傷が消えることはない。それでも佐々木の存在が、地元の人たちの希望の光となっていることは確かだ。

昨年の「3・11」はWBCチェコ戦のパブリックビューイングを実施。風光明媚で知られる町が生んだヒーローに熱い声援を送り、勝利の喜びを分かち合った。

 

「開幕3戦目の先発が決まったようなので、日曜日を狙ってできるだけ早い時期に行きたいですね」。応援する会では、シーズン開幕後の応援ツアーを計画中。右腕は今季終了後にもメジャー挑戦する可能性があるが「近い将来に海外で活躍する選手。応援することに変わりない。個人的には野球に集中してほしいなと思っています。いろいろ雑音もあるだろうけど、すごい成績で1年を終えてくれたら」と言う。

村上さんの切なる願いは、陸前高田の人たちの願いでもある。

 

 

 

金子さん:道のりが唯一無二

 

25.1.18

佐々木朗希投手(23)のドジャース入団が17日(日本時間18日)、決まった。毎年のように日本人選手がメジャー挑戦する時代。ただ、佐々木の場合は道のりがあまりに唯一無二すぎる。11年の東日本大震災を乗り越え、ついに海を渡る。

 

佐々木は小学3年だった11年3月11日、東日本大震災で被災した。父も祖父母も、家も失った。故郷の陸前高田は海底が低く、街の大半が大津波に流された。

 

地震が起きて小学校の校庭で待機し、その後「津波が来るぞ‼」という大人の決死の叫びに、兄弟らと高台へ走って逃げた。近所ゆえ親がすぐに迎えに来た児童には、大津波で亡くなった子どももいる。偶然が生死を分けた。

 

3月11日、本当は両親に買ってもらった茶色のグラブで、上級生たちの練習に混じる準備をしようとしていた。人生、いつ何が起きてもおかしくない。「今があるのは決して当たり前のことじゃない」。胸に刻み、今まで生きてきた。

 

苦しくても落ち込まず、むしろ懸命に生き抜いた。大船渡市内の、河川敷にあるグラウンド。友人の母が回想する。「朗希くん、いつも練習に最初に来ていたんです。土日は朝も早くて、まだ寒いから、ベンチに水滴がたくさん付いていて。朗希くん、いつもそれをひとりで一生懸命ふいていたんです」。

 

中学時代も成長痛に苦しみ、自らの気づきでストレッチを徹底したことで、165キロの礎となる柔軟性を身につけた。181センチだった父功太さんを優に超える背丈に。毎朝、背筋を伸ばし「行ってきます」と手を合わせてきた。この冬も。

 

津波による漂流物はアメリカ西海岸にも届いたとされる。震災の数時間後に米国を訪れた日本人を、米国人たちは「よく来たね」と号泣して出迎えたという。生死の最前線にいた少年は、いつしかとんでもなく大きくなり、自分の力で途方もない夢の入り口までたどり着いた。

 

ロッテでの5年間、実質4年間で160キロ台の直球を877球も投げた。こんな投手は他にいない。なぜここまでになったか。背を伸ばすための早寝教育を実践したとはいえ、母陽子さんは「分からないんです。本当に」と何度も首をひねる。何不自由なく英才教育を受けてきた野球少年ではないのに、なぜ。陽子さんはこれだけのものを背負ったことを「運命…なんですかね」という。

 

運命の巡りは今回も。「メジャーで頑張ってきます」。ファン感謝デーでロッテに別れを告げたその日、24年11月17日は、震災からちょうど5000日の節目の日だった。そして、ロサンゼルスには山火事で失意に暮れる人が多くいる。大人になった佐々木朗希の直球には、人々を奮い立たせるものがある。

 

 

 

※01年エクスポズ(吉井、伊良部、大家)、03年ドジャース(野茂、石井、木田)は3人が同じ年に先発登板したが、先発試合数は伊良部が3試合、木田が2試合にとどまるなど、先発陣3人が定着した例はない。

 

ドジャース…市民が路面電車を避けて歩いたことから「よける人」の意味。ロバーツ監督は沖縄出身で母親は日本人。

 

 

 

金子さんと種市さんとロッテ

 

金子真仁さんの記事。この方の記事だけは逃さず読みたい。いつか一冊にまとめてくれないかなあ。

 

 

 

ドジャースへの入団が決まった佐々木朗希投手(23)が22日(日本時間23日)、本拠地ドジャーススタジアムで入団会見に臨んだ。

 

遠く、生まれ故郷の岩手・陸前高田市では長田正広さん(59)が「決まってホッとしたのもあるし、大変なのもあるかな」と自身もひと息つく。連日、盛況のようだ。

 

陸前高田東日本大震災の大津波で市街地の大半が流された。かさ上げされた台地で、長田さんは中華料理店「四海楼」を営んでいる。

 

東日本大震災で逝去した佐々木の父功太さんとは、同じ町内会の仲間だった。当然、朗希とは少年時代から面識がある。飲み会の締めで作っていた特製の「担々鍋」は、佐々木家の大みそかの定番。辛いものが苦手な佐々木も「担々鍋だけは大丈夫です。うまいです」と太鼓判を押している。

 

21年のプロ初勝利の際に日刊スポーツがそのエピソードを報じたのを機に、四海楼には全国各地からロッテファンが続々と訪れるようになったという。

「こないだニューヨーク・タイムズにも名前が載ったんだよ」とちょっと鼻高々だ。

 

ドジャースで良かったんじゃないかなあ」とつぶやく。「朗希はあまり関係ないみたいなこと言ってたけど、大谷と山本由伸がいて。相談できる人がすぐそばにいるのは大きいよ」。長田さんと功太さんも、そんな関係だった。

 

懸命に働いてきたから、なかなか遠出する機会もない。「海外?おれは行ったことないよ。いちばん遠くてどこだろ。京都かな」。そんな長田さんが夢見る。

 

「行ってみたいな~、ロサンゼルス。いくらするんだろ。食費も高いべ?でもどのみちひとりじゃ行けないからな。そうだ、いっしょに行くべ?」

 

店で待っていればたぶんまた来てくれる。でも亡き友の代わりに行くのも悪くないべー。夢を描きながら今日も明日も、中華鍋を振る。

 

 

 

なんか目線が身内って感じがしていい。

日本人選手がいることを「朗希はあまり関係ないみたいなこと言ってたけど」「相談できる人がすぐそばにいるのは大きいよ」

だからドジャースで良かったんじゃないか。

 

朗希の目標である、世界一のピッチャーになる、サイ・ヤング賞を獲るなどは見守るしかできなけど、それより心配なのは新天地で馴染めるのか、寂しくならないか、体調を崩さずに元気で過ごせるか、朗希らしさを失わずいられるか。

 

このあたりを考えたとき、すぐそばに顔見知りがいるといないのとでは、違うんじゃないかなって、野球人の朗希じゃなくて朗希個人を思うと、思うことかなって。

 

 

続けて、ドジャースに決めたとインスタで朗希が発表したあとの種市さんのコメント。

種市さん

「まずはドジャース入団決定おめでとうございます。

彼が入団したときからいっしょに練習したりふたりで食事に行くことが多かったかなあと思います。

そんなチームメートが最高レベルのメジャーリーグの舞台でプレーすることを誇らしく思います。

僕は朗希が世界一のポテンシャルを持っている選手だと思っています。

朗希にはアメリカで大活躍をしてもらって、僕に『チームメートだったんだよ』と自慢をさせてください」

これと、ロッテが、完全試合を達成した瞬間の朗希の背中に『We are all with you.』ってコメントを寄せたやつはダメだった。涙腺崩壊した。まだダメだねえ、ロッテ関連は。

 

朗希の発表も、このロッテの投稿も、夜中だったよね。たしか一度地震で起きてそのあとうつらうつらしていたら通知が来て、見て、泣いた。

この時間が朗希の活動タイム、世界の遠いところにいるんだなあと思ったのと、間を空けずして上がったロッテの投稿に、この時間まで気にかけてくれていたのかな、と。

 

15日から23日だっけ、契約期間。この間寝ずに張り付いているのはムリだけど、どうしてあんなに早く上げられたのかな、ロッテ。朗希の発表よりこっちに泣かされたよ。

 

今、朗希は日本にいるんでしょ。どなたでしたっけ、会見に同席したどなたかが仰ってたけど、ビザ取得やら何やらやることてんこ盛りだそうな。

会う時間はないのかな。種市さんはまだ自主トレ先にいるのかな。

 

でも『クローズアップ現代』で、変わらず大船渡で同級生と自主トレしてた姿に安心っていうのかな。ちょっと違うけど、感心が近いかな。自分の限界を追い求めるのは貪欲だけど、変わらない根っこを持ち続けているね。

 

でもねえ、いろんなものを差し置いても種市さんとの関係が好きだった。大好きだった。今の願いは、来年のWBCで共闘してくれること。

 

11月くらいにあったプレミア12の大会はふたりとも出なくてちょっと安心しちゃったんだけど(ごめんなさい)、っていうかプレミア12さ、そろそろNPB所属以外の選手でやらん?

社会人とか大学生とかさ、ドラフト後だけどこの人たちにもアピールになると思うし、

現役選手にはのんびりして欲しい時期だしファン感とか出て欲しいしさ。…けど世界のほかのチームと足並み揃わないとおかしなことになるしねえ。むむむ。

 

ま、それはいいんだけど、2026年のWBCでの共闘はマジで楽しみにしてる。

朗希から種市さんへの投手リレー!は、だめか。似てるもんね、タイプね。どっちも速球とフォークが武器だから、相手に有利になっちゃうや。ふたりとも先発が似合うしね。

 

でもWBCとか世界大会のいいところって、試合に出ない選手もベンチにいられること。

試合中、朗希と種市さんが並んで話している場面が見られたら……内容が分からなくても絶対に幸せ。想像しただけで幸せ。

 

朗希がロッテの選手じゃなくなった今、ロッテの試合でいちばんの楽しみは種市さん先発の試合。朗希がいる頃から朗希先発と同じくらい楽しみだったもん。朗希の次にワクワクさせれくれるピッチャーだと思ってる。WBC出場の可能性はふたりともじゅうぶんにあるし、本当に見たい。

 

朗希と種市さん、本当に本当に好きだった。ファン感密着の公式でも寂しさを隠さないで、でも応援しているのは伝わって、いちファンとして、って種市さんのコメントにもあったけど、ファン目線に近いものがあった。

 

でももちろん関わりはもっとずっと深くて、ライバルだけど反発するんじゃなくて高め合ってお互いにいいところを吸収しようとしているように見えた関係性。ふたりとも野球が大好きで、うまくなりたいって気持ちを持ち続けていて、始めたての少年のようだった。

 

種市さんも、口では先輩だぞ、とか言いながら、すれてないっていうか、人柄がいいんだろうなっていうのがすごく伝わって、朗希がすごく懐いてて、後ろをぽてぽて連いて回る弟のようでもあり、並んで歩く同士のようでもあり。

 

すごい奴だって種市さんが思ってくれているのが伝わって、直接的な体の接触こそ少なかったけど、ふと後ろから来てスポーツブラ(?)の装着を自然に手伝ってくれたりね。

キャッチボールって心と心の会話みたい。投げ合う人は自由な中で、毎回選んでいたパートナー。ああ好き。

 

「自慢させてください」だなんて。あなたも朗希と同じ舞台に立てばいい。なんて。

でもホント種市さんもメジャーには憧れがあるんじゃないのかなあって思う。私は日本の野球がずっと好きだったけど、選手からしたら世界を違う目で見ているんだろうな。

どの程度通用するのかとかね。そういう目線を競技やっている人が持っているのに不思議はないと思う。

 

23年のオールスターで現地組が上げてくれた動画で、バウアー選手と朗希が話していて、そこに種市さんを呼んだときの種市さんの顔ったら。

 

ホークスの津森さんに呼ばれたときも、友だちいないんでなってあげてください、みたいに広報?の女性に言われて、僕もぜんぜんいないっす、いるじゃないっすか(今まで会話していた朗希と舜平太選手たちを指す)、朗希がいるからみんな来るみたいな感じなんで、みたいに言えちゃうところが種市さんの性格のいいところだなあって思った。

 

えっとメジャー。もし種市さんが行きたいなら、求めてくれる球団があるのなら、いつか行けたらいいのにね。欲しい球団はあると思う。

ロッテ的には種市さんがいなくなったら壊滅的だけどねえ、それは種市さんに背負わせることでもないし。と、今回の朗希の挑戦を見てちゃんと思うようになった。

 

でも、朗希と種市さんでロッテを優勝に導いて欲しいというのも捨て切れない思い。

野球人生の終わりを日本で、ともし朗希が考えるなら、ロッテに戻ってきて欲しい。

そのときは種市さんにもロッテにいて欲しいあたり矛盾してるけど、ファンって勝手だなあ……お前だよ。

 

今はとりあえず来年のWBC。選ばれるほどの活躍を、ふたりともにしてもらいたい。

あ、でも朗希にはじっくりやる環境を与えて欲しい……これはまた別記事で。

 

 

 

仲間たちより

 

移籍先決定後

※種市さんのコメントもあったんですが、単独で違う記事に載せます。

 

横ちん

「年末にも食事に行きました。決まって良かったなあと思いますし、今からメジャーの舞台で投げる日が楽しみです。

朗希とのいちばんの思いでは一年目の春季キャンプ同部屋だったのですが、朝からいつも同じ音楽をかけながら練習の準備をしていたことです。本当に毎日Official髭男dismの『コーヒーとシロップ』を聴いていました。これからもあの曲を聴く一年目の懐かしい日々を思い出します(笑)

朗希、頑張ってください。僕も頑張ります」

 

上田希由翔選手

「インスタで見ました。一年だけでしたけど同い年ということもありいっしょに食事をする機会もあったり、色々と話をすることができました。

朗希はきっとアメリカで大活躍をすると思うので、自分もそれを刺激にして二年目の今年、頑張りたいと思います」

 

都志也さん

「マリーンズの代表として頑張って欲しいと思います。同期入団ですしプロ初先発やプロ初勝利など様々な場面でバッテリーを組むことがあり、自分もいい経験になりました。ストレートはもちろん、変化球も多彩で精度が高いのでそれらのボールをどのように駆使して投げるか、今から楽しみです。遠くからになりますが、応援しています」

 

松川くん

「朗希さんおめでとうございます。入団1年目から可愛がってもらって、大記録の達成にも携わらせてもらい、本当にありがとうございました。

記念日にプレゼントして戴いたスーツや革靴をこれからも大事に使わせていただきます。

忙しいと思いますが、またぜひご飯に連れていってください。

僕も今年、朗希さんに自慢できるような成績を出せるように頑張ります」

 

エチェバリア

完全試合!あの日を思い出すぜ!おれは君に『夢はかなうし、その日はすぐ来るよ』と言ってたな!君のMLBでのプレーを見ることを誇りに思うよ!」

 

益田さん

「志が高い選手ですし、やっぱりあの年でメジャーに挑戦するっていうのは勇気がいることと。なかなかできることでもないので、素直に頑張って欲しいなっていう感じです」

 

村上宗隆選手

「あの若さでアメリカに渡ってひとりで戦う選手に対して、僕はすごくリスペクトを持っていますし、すごい決断だなと思います。本当に、いち選手としてすごいなと思って見ている。

若い野球選手が日本を出て、海外で活躍することは僕たちもすごく刺激を受けます。すごくリスペクトしてますし、もちろん僕も頑張りますけど、もちろん彼にも頑張って欲しい」

 

 

 

ポスティング容認後

(口語に違和感があるものもありますが、そのまま載せます)

 

都志也さん

「テレビでメジャーの試合を見てきたが、朗希がその舞台に立つことを見るのが楽しみだ。
歴史を作ってくれるピッチャーになることを願っている」

 

「今年はふたりでいっしょに話し合いながらやってきたシーズンで、変化球を使っていこうとか、会話をしてシナリオを作って抑えられた試合が多かったので、10勝することができてよかった」

 

年齢は三歳年下ながら同期入団の佐々木投手について、「朗希はかわいさも生意気さも

どちらも持ち合わせていて、いい意味で気を遣わなくていい存在だった。
同期はみんな仲が良いので、タイミングを合わせて食事に行きたい」としみじみと話していました。


松川くん

「1年目のルーキー時代からバッテリーを組ませてもらい、いろんな経験をいっぱいさせていただきました。
メジャーに行くのは、自分の中で強い意志があったと思うので、寂しいですけど頑張って欲しい。
寂しい気持ちも強いですけど、アメリカでもすごく活躍すると思うので、テレビで見ながら頑張りたいなって思います」

 

完全試合について
「そのときはあまり何も思ってなかったですけど、今思えばやっぱりすごい記録だなって思いましたし、野球人生で経験するかわかんないことを経験できたんで、それはすごくうれしかった」

 

佐々木のポスティング容認が球団から正式に発表されたあと、LINEで感謝を伝えたといい、

「『ありがとうございました』と。お互いに頑張ろうというふうに言ってもらえたので、僕もここ最近活躍ができていないので、頑張っていきたいなと思います」

 

宮城くん

佐々木の23歳の誕生日だった3日に連絡を取ったそうで、「移籍球団が決まって、向こうが忙しくなさそうだったら、また連絡します」と声を弾ませた。

 

同い年の同期入団でプライベートでも親交があり、過去5度投げ合って宮城の成績は1勝3敗。
「競い合っているわけではないですし、向こう(米国)に行ってもこれまで同様、応援します」

 

戸郷くん

「本人がメジャーに行きたいというのは僕らも知っていました。若いですし、朗希の活躍がすごく楽しみ。
また会う機会があれば、そんな話はしたいなと思いますし、ロッテもポスティングを認めてくれたというのは、お互い良かったのかなと思います」

 

24年6月6日

戸郷は7日のオリックス戦に先発予定。強めのキャッチボール、ダッシュなどの練習後、三塁ベンチに向かった。22年まで巨人に在籍したC.C.メルセデスらとも談笑。

その後、一学年下の佐々木朗希と笑顔で言葉を交わすと、その後は身振り手振りの野球談議となった。

 

「体の状態とか、トレーニングの話だったりとか、投げている感覚とかですね」

詳細は明かさなかったが「いろんな、あまり聞けないことを聞いていました」

 

戸郷は(略)巨人のエースとして活躍するが、佐々木については「日本一のピッチャー」と称賛。

「あれだけ真っすぐが速くて、いい変化球もあって…。考え方もすごく、人にない独特の感性を持っている。本当にいいピッチャーだなと思います」

 

 

吉田正尚選手

「彼がいちばんいい選択ができることを祈ってます」

「本当に期待を背負って、注目されてる選手。そういう意味でも彼自身がいちばんいろんなことを分かっていると思う。

行ってみて、いろいろ気づくこともありますし、たくさんいろんなことが起こると思う。そんな中でもアジャスト(適応)すれば、持っているものは間違いない投手ですから。

本当にね、世界一になれるピッチャーじゃないですか。スピードもそうですし。

けがなく順調に、キャリアを進んでいけば、間違いなくトップの選手だと思う。

本当に良い、そのときの選択ができればいいなと思ってます」

 

ダラス

「一言で言えばインクレディブルだ。彼にできないことはない」

 

※インクレディブル(incredible)…理由やそれによってどうなるのかといった点に関わらず、ともかく信じられないほどの驚きだと表現するための言葉。
驚くべき、信じがたい、凄まじい。素晴らしいといった誉め言葉としても用いられる。

 

ヌートバー

「個人的にはメジャーで投げてる姿を見るのがすごく楽しみですし、できれば同じチームで、対戦はしたくない(笑)。2025年を経て、とてつもない成績を残してくれると思うので楽しみにしています」

 

「チームメートとしても最高でしたし、フィールド内外でも素晴らしい人間だったので、だからこそ、2025年にメジャーに来たときに絶対成功するだろうなと思ってます」

 

大谷さん(ごめんなさい、詳細忘れたけど、何かの受賞式の席でだったと思います)

「去年も(侍ジャパンの)チームメートとして1年間やってきた。由伸もそうでしたけど、シーズン中も特に関係なくプレーした選手とは連絡を取ったりしているので、友だちのひとりとして自然に話していた感じですかね」

 

「彼の意見を尊重していますし、どこのチームを選んでも彼なら素晴らしい成績を残せると思います」

 

ダルビッシュさん

(米メディア「SI.com」『ダルビッシュ有が佐々木朗希の獲得とパドレスの共演希望に

ついて沈黙を破る』)

 

「彼がサンディエゴに来るなら、それは良いことだと思います」

「個人的には、もしそれが実現したら、私にとってもとっても素晴らしいことです。

オフシーズン中はサンディエゴにいるよ。だから、時間があったり(球団から)ミーティングに参加するよう求められたりしたら、もちろん喜んでそうするよ」

 

これにドジャースの地元メディア「ドジャースネーション」が反応。

「多くの人が佐々木朗希獲得争いで大きな戦力になると信じているダルビッシュ有は、パドレスで佐々木といっしょにプレーしたいという希望と、彼がサンディエゴに入団するのを手伝うつもりであることを表明した」

と速報した。

 

さらに「SI.com」は「パドレスの中では、圧倒的にダルビッシュが最も影響力を持っている。ダルビッシュと佐々木は、2023年WBCでチームメートだった」と紹介すると、

 

ダルビッシュの「WBC期間中、私たちは多くの時間をいっしょに過ごすことができたし、いっしょに多くの試合を観戦しました。私たちはコミュニケーションを取り、たくさん話をしました。彼とは非常に良い会話をしてきました」

とのコメントを紹介した。

 

 

 

濃密な5年間をロッテで過ごし、海を渡る。ポスティングシステムを利用しメジャー挑戦へ歩み出した佐々木。

ふだん、報道陣には落ち着いたクールな表情を見せることが多かったが、素顔は仲間思いでまっすぐな男だ。

 

担当が同じ柿沼アマスカウトで、親交が深かった河村は「仲は良かったですけど、なんか生意気な(笑)。先輩と思われてないけど、かわいい後輩ですね」と話す。

 

柿沼アマスカウトが担当した選手らが集まる「チーム柿沼」の食事会が今月開催された。毎年の恒例行事で、今年も佐々木、河村、田中楓らが参加。

 

河村は「野球の話が多いですね。あと、どこの寿司がうまいとか教えてくれます」と会話の内容を明かし、「アメリカで家をもし買うなら、ゲストルームだけつけてくれとお願いしたら、『考えときます』と言われました」と笑った。

 

帰りは自宅まで車で送ってくれたという。春季キャンプでは田中楓にマンツーマンで練習に付き合うなど、チームメートを大切にしている。

 

野球に対してはまっすぐだ。河村も「こだわりは強い。頑固で言ったことは曲げない」

と話す。描き続けてきた夢に対して、ぶれずに一直線。

高校時代はチームの中心に立って仲間を引っ張り、自分にも厳しくストイックに練習に

励んできた。

 

現在はメジャー球団との交渉のため渡米中。代理人のウルフ氏は「日本での報道が非常に厳しく、つらい思いをしてきた」と佐々木の胸中を代弁した。報道陣を警戒している様子を感じることもあったが、右腕の気の利いたコメントに助けられたことも度々あった。

 

2月の春季キャンプで美白の秘けつについて聞かれたときに佐々木は「日々のケアです」と笑いを誘い、交流戦での阪神の印象について聞かれたときは「シーズンを投げ始めてから毎年阪神と当たっているので、愛着があります」とニヤリ。”阪神愛”を語ってくれた。(デイリースポーツ)

 

昨オフ、契約更改が越年となり報道陣の前で「メジャーリーグでプレーしたい思いはある」と、きっぱりと口にしてから約1年。追い続けてきた夢を、ぶれない男が実現するときが来た。

 

移籍先決定後

國保陽平氏

「歴史あるドジャースに決まって、すごく良かったと思います」

「そこだけ(岩手大会決勝登板回避)がフォーカスされがちですが、小学校、中学校、そして千葉ロッテマリーンズ。それぞれの指導者が、温かい目線で次のステージへとつなげてくれたからではないでしょうか」

 

教え子がドジャースを選んだことについて

「『ここまで成長した過程を大切にする』という考えを伝えてくれたからでは?それが、心に響いたのではないかと想像しています」

 

「簡単にストライクは取れないし、アウトを続けて取るのも難しいと思う。自分ができることを積み重ねていくしかないでしょう」

 

「160キロのボールを思い通りに投げることができるという日々は、限られていると思います。今の自分の体とドジャースという環境を最大限に活用し、目標に向かってチャレンジしてほしいですね」

 

 

 

赤い尻尾

 

金子真仁さんの記事です。(24.11.9)

 

ロッテは9日、佐々木朗希投手(23)のポスティングによるメジャー挑戦を容認すると発表した。

 

佐々木のメジャー挑戦は彼の生きざまそのものだ。

大船渡高時代に「こういう生き方はしたくない、というものは?」と尋ねた。

そう口数が多くない18歳の哲学は、声色にもブレが一切ないものだった。

 

「与えられた、というか誰かが敷いたレールだけを歩むのは。自分の意志を大切にして生きる、というか。自分なりの生き方を生きたいなと思います」

 

9歳の時、東日本大震災で父らを失った。避難所生活を経て、仮設住宅に住んだ。母陽子さんは背を伸ばすための早寝方針以外は、優しかった。それでも「普通の子ども」よりは間違いなく”条件”が多い中で育った。不満を口にせず。

 

ロッテ入団後、外国人選手との交流を尋ねた。「自由だな~と思います」とうらやましがった。

佐々木も高校では自由だった。右尻のポケットにいつも”尻尾”をぶら下げた。近所のコンビニの景品でもらえたスヌーピー柄の赤いスポーツタオル。

 

「練習の時はいつも入れています。何かと便利なので」。汗をふいたり、ストレッチに使ったり。注目を浴びる3年夏の大会でも、ブルペンでは尻尾を生やしていた。

 

5枚程度をカバンに入れてロッテに入寮したが、いつしか尻尾を生やさなくなった。それがプロ、それが新人選手、またはそれが大人になるということ――。誰かに指摘されたのだろう。それでもアイデンティティが失われ、世間というレールを進み始めたようで、寂しさを感じさせられた。

 

160キロ台を通算で300球以上も投げた日本人なんていない。見慣れた物差しで測れない個性が、自由の国で舞う。17歳にして校内のカナダ人講師に英語でぐいぐい切り込んだ青春の学びも、いざ本領発揮のときか。

いばらもなんぞ、踏み越えて。なんならまた尻尾を生やして、愛されてほしい。

 

 

 

朗希と同じスヌーピーのタオル、持っています。

一時期、仕事前に毎回ローソンで飲み物を買っていて、そのときのキャンペーンでもらいました。

赤と青があって、どちらかが限定色、たしか赤がそうで、青は赤終了後もあともしばらくあるから、今後もこのペースで飲み物を買うなら自然と溜まるだろうから、赤からゲットしたほうがいいと親切な店員さんに教えてもらい、赤を一枚、青を二枚持っています。

 

朗希が赤ばかりを5枚持っていたのだとしたら、週5回買って集めた私より高頻度だったことだけは分かります。サマータオルと銘打たれているのでキャンペーンは夏だったようです。練習に飲み物は必須だよね。

 

朗希が赤い尻尾を生やしていたのは見ていましたが、このタオルだったとは、この記事で知りました。以来、朗希のようにストレッチに使うため、しまい込んでいたのを引っ張り出し、いつでもそばに置いています。

 

ナイキが朗希のメインサポートを始めたのが2020年。「入団直後の新人では異例となる用具提供」と当時の記事にありました。この影響もあって、或いは尻尾を生やさなくなったのでしょうか。

 

移籍先、決まりましたね。

朗希のインスタを見た最初の感想は、文章が大人びたな、でした。

というより、よそよそしくなったというのかな。いつからかそうなったね。

 

朗希の口語の敬語、好きだった。過剰でなくスッキリとしたキレイな日本語だった。

いろいろな方面でいろいろと信じにくくなったら、朗希から壁を強固にするのは当然で、これもマスコミの罪だと思っている。

 

くそマスコミども様、朗希、行っちゃうよ。良かったね。日本で新たなターゲットを探すんですか。それともまだ朗希に粘着するんですか。

 

金子さんは、何度も大船渡にも通って、朗希の背景ごと寄り添って、教えてくれた。

救われました。

イジメはダメだと言いながら、イジメの見本のような行動しか取らないメディアが多い中、希望のような存在だった。今後も取材続けてくれないかなあ。

 

あとは梶さんが何か書いてくれたらうれしい。コラム好き。撮影技術は物申したい部分もあったけど笑

 

メジャーをぜんぜん知りませんが、この話が出たとき、ブルージェイズがいいな、と漠然と思った。菊池雄星投手がいたから。

朗希のポスティング容認が発表された時点で、菊池投手の移籍もちらほら話が出ていたか、決まっていたかだったかな。

 

それでもブルージェイズが引っかかっていたのは、たしか上原浩治氏の動画チャンネルに井口さんが出たとき、このチーム名が出ていたような?

 

すべてうろ覚えですが、西で気楽にやるか、東で本気で勝負するか、みたいな話の中、

ブルージェイズも出て、調べたらなんか投手チームという感じがして印象が良かった気がするけど、結果的に、応援旅行に現実味を置くとカナダより行きやすくて良かったと思います。

 

できればマイナーで投げるうちに一度は行きたいなあ。でもマイナーの球場ってどこだろ?調べることたーくさん!

 

ただ、けっこう出来レース的なことをずっと言われてきたから、今後もこの声はしばらく止まないのかな、というすこし暗い気持ちにもなりました。そういうの、もうたくさん。

日本語の悪口は避ける耐性もついてきたけど、英語はこれからだし。

 

決まってうれしい、でも上記のことが気になる、という中で吉井さんの言葉に浄化されました。

そうだよね、味方はたくさんいるね。朗希と直接かかわった人はみんな味方というのが

うれしい。

アメリカでも愛されてほしい。

 

ドジャース入団おめでとうございます。アスリートファーストでやってくれるとてもいいチームだと思います。いろいろな面で成長することができると思います。

私も経験がありますが異国の地での生活はすごく大変なことが多いと思いますが、色々な発見があったり、新しい価値観を見つけたりと成長できると思います。

あとは朗希次第。頑張りなはれ!期待しています」

 

 

 

ウルフ氏②人柄について等

 

日本時間12月12日、ウインターミーティング3日目。

朗希、ロサンゼルス近郊で午前中にキャッチボールなどをした模様。

 

ウルフ氏、会見時のこぼれ話

代理人のジョエル・ウルフ氏の会見時間が記されたホワイトボードには名前のとなりに「SASAKI AJENT」と記されていた。選手名が書かれていたのは佐々木のみ。

ウルフ氏は(誰や誰など、略)数多くのスター選手を顧客としているのに…。

会見には日米の記者100人以上が集結。急遽、壇上に上がって話す異例の対応となった。

 

以下の質疑応答も現地時間10日のものです。

 

「朗希は物静かな人物だと思う。彼はさり気なくとぼけたジョークを言うタイプだ。洒落が上手いんだ」と紹介。

 

さらに

「たまに彼ととても重要な話をしているときに、質問があるかと聞くと『かなり長く話していたね』って言われるんだ」

とエピソードを告白。まさかの発言が報道陣に驚きまじりの笑いを生んでいた。

 

続けて

「友人たちは、彼についてとてもこだわりがあると言っている。彼は気の置けない仲間のグループを持っている。とても良い青年だよ」

 

――過去二年、佐々木を知っているということだが、いつ代理人を引き受けることが決まったのか。議論を呼ぶ佐々木の代理人を務める難しさは

 

「彼に会ったとき、すぐに彼の代理人になりたいと思ったが、彼が私を選ぶまで待たなければならなかった。

関係は相互のものでなければならない。

 

私は筒香嘉智との共通の友人を通じて彼に会った。

ミーティングがセッティングされ、そこで彼が米国に来ることを決意し、早く来たいと望んでいることがすぐに分かった。

このような状況には関わったことがなかったので非常に驚かされた。

 

プロセスやロードマップも正確には分からなかったから、非常に困難になることは分かっていたし、実現させるために何ができると彼に保証することもできなかった。

 

彼は私が彼といっしょにその挑戦に立ち向かう覚悟があることを確認したがっていた。

非常に困難であり、メディアから多くの批判を受けることになるだろうと彼は分かっていた。

自らをこれほど困難な立場に置いたことに、私は朗希とその家族に非常に大きな敬意を抱いている。

 

みなさんもご存じのとおり、彼はその立場に身を置いたために大いに批判された。それでも彼は決して引き下がらず、自分が望んだことから決して逸脱しなかった。内面的に強くなり、決意を固め、決して諦めなかった」

 

――筒香、佐々木と初めて会ったのはいつか

「2021年か2022年の冬だ。そのころだ」

 

――千葉ロッテがポスティングしたことに驚かされたか

「イエス。驚いた。うれしい驚きだった。

千葉ロッテは彼に敬意を持って接してくれた。とても寛大だったと思う。

チームと組織にとってとても難しい決断をした。

ここ(アメリカ)の多くのチームのやり方とは違い、彼らは単にお金や財政だけを基準にしたのではなく、選手とチーム全体にとって最善と思われる決断をした」

 

――投手としての彼をどう思うか

「彼は偉大な投手のひとりになる素晴らしい可能性を秘めた若手投手だと思う。

彼は非常に練習熱心だ。私はそれを直接見てきましたが、素晴らしい才能であり、だからこそ多くのチームが彼にエキサイトしているのだと思う。

 

完成した作品がどのようなものになるか、まだ誰も分からない。

 

彼の投球を何度も見ましたが、初めて見たのは千葉での試合だった。

私は岩隈といっしょに彼の投球を見に行き、その試合で彼は千賀と投げ合った。

 

最初の3、4イニングほぼすべての速球が161、162キロ。千賀も彼に匹敵しようとし、私は千賀があれほど速い球を投げられるとは知らなかった。

ただ、千賀は3イニングめまでに疲労し、交代しなければならなかった。

今まで見たことのない才能を目撃した」

 

――まだ成長の必要があるか

「彼にはまだ成長の余地がたくさんあり、彼自身もそれを分かっている。それが彼がアメリカに来たい理由の一部だと思う」

 

――お金でも、場所でもないとすれば、チーム選びのプライオリティはなんなのか

「これはこのプロセスの珍しい部分だ。山本、千賀の場合は契約交渉であり、契約に関してが議論の大部分を占めていた。ただ、今回は金額は最後の部分に過ぎない。

なぜなら、ほとんどの場合、金額は基本的に同じだからだ」

 

「ドラフトのようなものだが、(選ぶ側は)反対だ。すべてのチームが彼を欲しがっていて、支払う余裕がありますが、私たちが選ぶことができる。私は非常に良い立場にいる。

 

私の決断ではないが、過去25年間、私はアマチュアドラフトに参加し、選手やその両親といっしょに電話のそばに座り、チームが私たちを選ぶかどうかを知るために電話を待たなければならなかった。今、状況は逆転した。

 

彼を欲しがっている他のすべてのチームのほうが様子を見なければならない。私にとっては少し楽しい経験になっているが、朗希は自分が行きたいところを選べる。

どのチームも(金額的な)余裕があり、文字通り自分の好きなチームを選べるような状況は今まで経験したことがない

 

――ダルビッシュと佐々木について話したか。それについて何か言えることは

「昨日、ダルビッシュ有と話した。そこでの話は明かせない」

 

――佐々木は大谷からアドバイスを受けるのか。彼らの関係は

「私には分からない。その話はしていない」

 

――佐々木の状況について言えることは

「彼の周囲の人間からは、長い間待ったあとで、ついに(メジャー入りを)進められることに彼は非常にハッピーで、安堵している(と聞いている)。

 

彼は千葉ロッテ、願いを聞き入れてくれた松本(尚樹球団本部長)さんに感謝している。

千葉ロッテNPB最高のファンが落胆していることも理解しているが、MLBでいいプレーをして彼らにも敬意を表することを望んでいる。

多くの人にとって理解するのが難しいことを彼は分かっているが、(メジャー入りは)彼にとって長い間の夢だった。いつかみんなに理解して、受け入れて欲しい」

 

――今後のプロセスは

「数はまだ分からないが、いくつかのチームとのミーティングをセットアップする。朗希は公平で、オープンな心で臨み、みんなにチャンスを与え、話を聞きたいと願っている。

 

何人かのWBCのチームメートとも話す。私の話を聞き、チームのプレゼンを聞きたいと思っている。その後に日本に帰り、母親、親しい友人と話し、アメリカに戻ってどんなステップを踏むかを決断する」

 

――あと数年待てば大金を手にできたが、その点で佐々木を説得したか

「朗希を説得できる人は誰もいない。朗希が私たちを説得する。

彼は自分で自分の船を操縦し、彼がボスだ。

前に言ったように、野球にも、朗希の観点では人生にも絶対的なものはない。だから私たちはみんな長い間にこのゲームに携わってきました。

 

私も長い間このゲームに携わってきたが、何も保証されていない。

だから彼に、2年後には絶対に3億ドルか4億ドルの契約が取れるとは言えない。

それが約束できるとか、絶対であるとは言えない。

状況次第ではそうなる可能性もあるが、けがは起こるし、いろいろなことが起こる。

彼の人生で起こったことを考えると、彼は世界をとても違った目で見ているように思う

(別記事「彼の人生で起きたいくつかの出来事、悲劇を見れば、何事も当然のことだと思っていないことが分かる。彼は世界をとても違った目で見ていると思う)

 

――佐々木は今、ワクワクしているのか、安堵しているのか

「ようやく(アメリカに)来ることができてホッとしていると同時に、すべてのチームから連絡が来るのを楽しみにしているそうだ。早く終え、早く出発したがっている。

チームで活動を始めたいが、プロセスを経なければならないことも分かっている」

 

――すでに何チームが接触してきたのか

「たくさんだ。30チームではないが、20チーム以上だ」

 

朗希の今回の挑戦はニュースで知りました。

それを聞いてしばらくして、頭から離れなくなった歌がありました。歌手もタイトルも知らなかったので歌詞から調べました。

載せておきます。

 

君の行く道は はてしなく遠い

だのに なぜ

歯をくいしばり

君は行くのか そんなにしてまで

 

君のあの人は 今はもういない

だのに なぜ

なにを探して

君は行くのか あてもないのに

 

君の行く道は 希望へとつづく

空に また

陽が昇るとき

若者はまた 歩きはじめる

 

空に また

陽が昇るとき

若者はまた 歩きはじめる

 

一番の歌詞だけ知っていたのですが、調べたら二番も三番も朗希に通じる部分があるように感じました。泣きました。

 

 

 

代理人ジョエル・ウルフ氏一問一答

 

現段階の印象で、信頼できそうな人で良かったです、ウルフさん。

私のイメージだと、選手が代理人を雇って、膳立てしてもらって、交渉が成立すればその契約金の一部が報酬として代理人に入る、っていう形なんだけど、朗希がウルフさんの会社に所属しているって形もあり得るのかな?

 

まあいずれにしろ契約金によって報酬額は変わってくるんじゃないかなと想像するけど、お金よりも朗希の未来を重視してくれているように、現段階では感じる。

 

知らな過ぎる世界だからなんとも言えないけど、少なくともマスコミへ苦言を呈してくれたのは本当にうれしかった。

 

そのウルフ氏によると、「次のステップは1、2球団と追加で会うか、候補を絞るか。

候補を絞るほうが可能性は高いだろう

 

今回読んだ記事では、交渉の場に現役選手の同席を認めなかったことを興味深いと取り上げていた。

「ド軍を選んだ山本由伸のケースでは、移籍したばかりの大谷が交渉に立ち会ったことを思えば、珍しいリクエストだった」

 

「日本人選手が所属しない球団への配慮」

「情に流されない佐々木サイドの意志の表れともとれる」

「足を運んだ先輩にノーとは言えない。NPBでは選手会の活動に意味を見いだせず、脱会したことを考えれば、孤高の若者のイメージが強く、『日本人不在球団』を選択するのでは…とも予想してしまう」

 

上の括り、3つめだけちょい待ち。

選手会脱会の理由、朗希からも信頼できる誰からも明かされてないよね?てか選手会が決めた弁護士とかの制約がある限りムリだろー

独禁法に抵触…みたいなの出てたけど、変わるんですかね。どうでもいいけど。

 

孤高の若者のイメージ、というのも、脱会とイコールでそう感じるとしたら違うと思う。

日本人選手がいるかいないかも決定打にならないっていうだけで、平等に見ているって散々聞いてます。

 

日本のマスコミってもう悪いイメージが先入観にあるにはあるにしろ、ちょいちょい悪意を差し込んでくる陰湿さを感じる。日刊スポーツ以外ね。

その日刊スポーツ、最新の記事が張本氏のインタビューだかで、さすがに読む気にならない。いくら日刊スポーツでもこれは無理だ。

 

さて。以下ウルフ氏の質疑応答の、1月5日まで分まとめ。

 

24.12.10(日本時間11日)

25年1月15日以降、24日までと見込まれる交渉過程の見通しについて。

 

「まず、今回の特殊なケースで、私は(メディアに佐々木について)発言することを厳格に禁じられていました。

今ようやく話ができるので、交渉期間が45日に制限される今回の交渉状況について、出来る範囲で皆さんの質問に答えます」

 

――メジャー移籍で、彼が重視するものは

「彼を知って2年になるが、完全には把握していない。数日前までは実際に(ポスティングされるか)分からなかったが、正式にそれが決まったばかり」

 

「彼はチームの昨今の成功、WBCのチームメートの動向、ロッテにいる外国人選手、気候、投手の育成制度、他の日本人メジャー選手にも注意を払っている。

 

私は明日(本社のある南カリフォルニア)に戻り、この先、数日後に本人と会って、来週の日程を組む。

我々があちこち旅するより、おそらく中部地区に居座って、皆が来れるようにすると思う。

 

クリスマス前に彼は一旦帰国し、1、2週間を日本で過ごし、その段階で、次の渡米で個別面談のためにどの都市を訪問するかなどを決める。1巡目の面談の結果にもよるだろう。

 

球団はビデオやパワーポイント、PDFなどの資料を提出し始めている。すでに数カ月前から準備している球団もあるが、その提出期限は厳格に決めず、球団側が時間をかけられるように余裕を持たせている」

 

――一時面談で大事なことは

「これは、事前に決められた契約だとか(ドジャースの密約説という)論議、告発や申し立ては虚偽のものだ。MLBは当然、誰にも公平で平等な競争になることを願い、関係者の事象徴集などで事実確認した。

 

国際ボーナスプールが最大になる2025年に契約することは、ロッテ側も理にかない、最善と考える。

私個人の考えだが、正直、彼は日本のメディアに批判を浴び、精神的に影響したと思うが、家族のきずなが強く、大リーグに来ることを夢見ている青年だ」

 

――なぜ、巨大な契約を待たず、25歳以下で渡米を決めたのか

「その質問は1000回も受けている。

彼の考え方に、野球に絶対はないし、人生に絶対はないというのがあります。

彼が背負った悲劇から、彼の目には人生において何事も保証されていないと映っている。

野球もそうだ。大けがやトミー・ジョン手術も起きる。彼自身二度肩の故障があり、すべてが望んだようにいくとは限らない。

 

そして、高校時代から彼にとってメジャーが最大の夢だった。ダルビッシュ、田中、松坂にあこがれて、WBCで実際にメジャーリーガーと戦い、一刻も早く来たい気持ちが強まった。

 

ロッテ球団には苦渋の決断であり、ロッテファンにはつらい決断だということは十分理解できるが」

 

――ダルビッシュとの関係からパドレスは候補といえるか

「彼が真剣に考慮する球団になると思う。ただ、彼らの関係性はプライベートなもの。どのくらい影響するかは見てみなければならない」(写し間違いかも、見てみなければ分からない、かも?)

 

――西海岸など、地理的な条件はどのくらい影響するか

「彼のほうからそれを問題にしたことはない。多くの都市は、日本から直行便がある。(十年前と違って)それは問題ではない。彼は特定の都市について何も言っていない。そういう詳細な議論はまだしていない」

「朗希は特定の都市について否定的な発言をしていないし、過度に肯定する発言もしていない」

 

――何球団が日本で彼を実施に調査しているか

過半数以上だと思う」

 

――彼は中5日で投げられるか

「多くの球団がそこは考慮するだろう。でも、彼は必要とされれば、準備すると言うだろう」

 

――年俸が国際プールに収まる範囲なので、スモールマーケットにもチャンスがあるか

「国際プールに収まる金額のギャップは、さほど大きくならない。

私の助言は、年俸を理由に決めるなということ。長期的に見れば、キャリアの中で十分に収入を得ることができる。短期的な金額で決断しないだろう。

もちろん(スモールマーケットに)チャンスがある。日本から来て、規模の小さい球団のほうが、利点があるともいえる。

 

彼が(日本で)メディアに快適な経験をしなかったことからも、もしかしたら、規模の小さい球団のほうが利点があると彼は思うかもしれない。彼がどう考えるか私には分からない。

その点についてまだ議論していない。彼は(大都市の球団でも)ちゃんと処理しながら、やれると思う」

 

――日本のメディアにどういう問題があったのか

「彼が若くしてメジャーに移籍したい意思を表明し、多くのネガティブな報道があった。いろんな間違った噂や家族のことを報じられ、精神的に害があった」

 

――地震で父を失ったことはどう影響しているのか。彼の人柄は

「彼はそのことをあまり話さない。彼の人生は前に進んでいる。彼の野球もだ。

彼は、そのつらい体験を、人生の次章への踏み台にしている。

 

静かなタイプで、ユーモアのセンスがあり、ウィットに富む。

饒舌ではない。近い友だちや家族など小さな範囲で周囲の人を信頼し、強い絆を持っている。彼の家族は非常に結束しており、彼は好青年だ」

(※ユーモア…人の心を和ませるようなおかしみ。上品で、笑いを誘う洒落

※ウィット…機転や機知に溢れていて、面白いことや鋭いことが言える。空気の読んだ発言ができる才能。witが語源でユーモアとは異なり知的なものを指す

(人柄についてもう少し詳しく答えている記事を次に載せます)

 

――契約の見通しは

「(1月)15日から24日という限られた期間になる。できるだけ早いほうが、就業ビザ取得など、春季キャンプに備えて次のプロセスに進むために望ましい」

 

――球団側は、契約更新の条件なども出せるのか

「ノー。機構側は、マイナー契約であり、どんな契約更新などの保障などは盛り込めないとルールに入れている。それは国際プール枠で来るラテン系選手と同様だ。

 

ある程度の時間が過ぎてから、更新に契約は可能となる。交渉の段階ではメジャー登録枠に入る確約も交渉ではできない。

だが、一旦契約したのち、年俸調整が近づき、彼が非常に成功していたら、我々が主導権を持つことになる。

だから(今)長期の契約を結ぶことは我々の動機付けにはならない」

 

 

上記、質疑応答後、米誌ロサンゼルス・タイムズ、ジャック・ハリス氏記事

「ウルフ氏が言うには、佐々木にとってベテランの日本人選手がすでにチームにいればそれは魅力的だが、『それは必ずしも必要ではない』とのこと。

また、佐々木が西海岸を好むと言ったことはない」